日向坂46二期生曲「沈黙が愛なら」歌詞の意味を考察。沈黙が愛になる理由 | のら猫ひろしが坂道のぼる (のら猫ひろし)

日向坂46二期生曲「沈黙が愛なら」歌詞の意味を考察。沈黙が愛になる理由

amazon music はこちら
日向坂46二期生曲「沈黙が愛なら」は、けやき坂46から改名後の、ファーストシングル「キュン」に収録されています。

歌詞は秋元康さんでした。







「沈黙が愛なら」は、松尾芭蕉の「閑(シズカ)さや岩にしみ入る蝉の声」に通じていると考えました。

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、ひっそりとした山寺に虚しさを感じていると、岩にしみ入るように細いセミの声が聞こえてきた・・・という解釈になるようです。

セミの鳴く声に、寂しさを感じることが理解できると「沈黙が愛なら」に感情移入できると思いました。

入道雲

歌詞の意味を考察・・・沈黙が愛となる理由とは

関係に終わりを予感しても、価値を認めているなら沈黙も愛である


沈黙は、黙り込むことでした。果たして、口をきかない恋人同士に愛はあるのか、疑問に思います。

ですが、愛は価値を認めることで惹かれる状況にありました。恋愛に限りません。

だから、沈黙したことで恋の終わりを予感したとしても、何らかの価値を見い出せていれば、沈黙は愛だと解釈できます。

冒頭の歌詞には、恋の終わりを感じさせる描写があります。

一番最初に鳴き始めるセミは、一番最後に鳴き止むのかなって・・・君に突然聞かれた

セミは、寿命が1ヶ月ほどと言われているように儚い存在でした。

ここで、「君」は、松尾芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の心境にあると思いました。

沈黙ということは、「僕」と「君」は押し黙っていることになります。

セミの鳴く声が響き渡っているようなイメージがありました。

セミの声に、空虚感を感じているから、「君」はセミについて聞いたのだと解釈しました。

そして「僕」は、どんなことを思ったのでしょうか。

無口が怖かったのか・・・何か話していなきゃ間が持たないと たぶん 君なりにそう思ったんだろう 心が張り裂けそうさ

間を持たすために「君」は言葉を発したと「僕」は考えています。同時に申し訳なさも感じたことがわかりました。

無口であることに罪悪感を感じた「僕」ですが、「君」とこれから、どうしたいのでしょうか。

タイトルには愛があります。「僕」と「君」が恋人の関係にあることは間違いないでしょう。

ということは、関係が続くのか、終わるのかが気になりました。

静寂に支配されたら 喜びと悲しみも感じなくなっちゃうのか? もしそうなら勇気出して 僕は君の目を見て話しかけるだろう サヨナラでも・・・

「僕」は積極的に、関係を終わらせようとはしていません。

ですが、「君」が押し黙ったままなら、沈黙を関係が終わるサインと捉えているようです。

だから、話しかけるだろう サヨナラでも・・・という表現になっているのでしょう。

「沈黙が愛なら」別れても悔いはないと「僕」は覚悟を決めていると解釈しました。

終わりに

りまちゃんちっく(潮紗理菜・加藤史帆・斎藤京子・佐々木久美・高本彩花)の「沈黙した恋人よ」は、口数が減っていったことで、恋の終わりを予感した「僕」の物語でした。

【あわせて読みたい】⇒ りまちゃんちっく「沈黙した恋人よ」歌詞考察。沈黙した恋人が意味するもの

なので、「沈黙が愛なら」は「沈黙した恋人よ」に通ずると思います。 終わり