日向坂46二期生曲「半分の記憶」歌詞考察。半分の記憶とはどういう意味? | のら猫ひろしが坂道のぼる (のら猫ひろし)

日向坂46二期生曲「半分の記憶」歌詞考察。半分の記憶とはどういう意味?

歌詞の意味を考察


「君」と「僕」で共有していた「思い出」の片割れ

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歌詞は、情景から入ることが多いですが、「半分の記憶」のそれは切ないです。

こんな好きでいるのに君のことを見失ったよ 後を追って 名前を呼んで 走り回ったけれど 黄昏の街に 紛れてしまった、という歌詞で胸が締め付けられました。

黄昏の街で「僕」が呆然と佇む様子が思い浮かびます。続く、思い出が闇の中へという歌詞からも「僕」が、失恋のショックを受けていることがわかりました。

ただし、途中で疑問に思ったところがあります。

「君」は「僕」を忘れられるのか聞きたいんだ、というのは理解できます。ですが、「僕」は「君」を忘れられるのか聞きたいんだ、という歌詞は、どういう意味でしょうか。

恐らく「僕」は失恋のショックから逃れたいのです。

ただし「君」を失ったという傷心から立ち直るには、彼女を忘れる必要がありました。

でも「僕」は忘れる自信がないのです。その自信の無さが、「僕」は「君」を忘れられるのか聞きたいんだという歌詞に表れていると思いました。

要は、別れた「君」との思い出を忘れることができるのかという自問自答になります。

そして、タイトルの意味は、「君」と付き合っていた記憶は「君」と「僕」で半分づつあるということでした。

確かに思い出は共有できれば楽しいですし、失恋などで思い出を共有できなければ哀しいですね。

「僕」と「君」が別れたことで思い出が半分になってしまったのでした。

そして、その半分の記憶に「僕」は執着しています。そして、彼は、「君」が思い出を忘れているのではないかと不安を抱いているのです。

「僕」は本命ではなかったのではないか?

「半分の記憶」の「僕」は失恋しても「君」を忘れることができない人間でした。

恋人を忘れることができるか、できないかについて興味深い記事が読売新聞の発言小町にあります。

読者からの失恋と忘却の関係についての投書でした。投書した人は、自分が本命ではなかったことに気づくのに5年間かかったと言います。

そして、その5年間の恋を忘れるためには、恋の記憶が良い思い出でなければならないと考えていました。

さらに、その5年間は、嘘でも、優しい思い出であって欲しかったとのことです。遊ばれたことで、相手を忘れられないということでした。

その投書に対するコメントには、逆の立場の人もいました。別れた人が優しければ、前に進めないという内容です。

愛されていたと実感の持てた記憶は、胸にチクチクと突き刺さるようでした。

果たして「半分の記憶」の「僕」は、本命として付き合えて終わった恋が忘れられなくて辛いのでしょうか。それとも「僕」は遊ばれて「君」に執着してしまったのでしょうか。

自分勝手で わがまま過ぎて 付き合いきれないって 影のないアスファルト 全部文句吐き出した

この歌詞で、「僕」は「君」の自分勝手でわがままな行動に腹を立てていることがわかります。

「君」は自由奔放で「僕」は本命ではなかったのではないでしょうか。そう考えれば思い出が少しずつ崩れ落ちて闇の中へ・・・という歌詞になるのもわかります。 終わり


■半分の記憶■
日向坂46「半分の記憶」は、けやき坂46名義ファーストアルバム「走り出す瞬間」(2018)の収録曲です。

また、2018年の春に発売された6枚目のシングル「ガラスを割れ!」のカップリング曲でした。作詞は秋元康さん。

丹生明里さんが、この曲の解釈を振り付け師のTAKAHIRO氏と話し合ったそうです。

そして、メンバー全員で意思を統一してパフォーマンスしたところ感情の入りかたが変わったとのことでした。